佐々木信子(ブログ「ガドガド」主宰)
このインドネシアの「コレクティヴと考える―パンデミック以降の地域文化活動の可能性」全9回の開催について、インドネシア研究懇話会(KAPAL)からのメール経由で、九州芸文館のホームページで知り、すぐにブログ(Gado-Gado)に書いたのは、4月21日のことでした。
8つもの、それもこれまで情報を得やすかった、ジャワ島のジャカルタ、ジョグジャカルタばかりでなく、スラバヤ、ジャティワンギ、そして西スマトラから東インドネシアのマカッサル、ティモール島のモロまで、これまで耳にしたことがない新鮮な名前に驚くと同時に少なからず興奮したことを覚えています。どのコレクティヴの名前も新鮮で「えっ!動詞?」(Katakerja)、「ミナンカバウ語?」(Gubuak Kopi)、「ビワ?」(Lakoat)と魅力いっぱいです。
8つのコレクティヴの中で、名前を知っていたのは アンタリクサさんのクンチ(Kunci Study Forum & Collective)と「講座:廃油から石鹸を作る」をブログでも紹介したことがある、グッドスクル(Gudskul)の2つだけでした。現在山口情報芸術センターで展覧会:「クリクラボ―移動する教室」を開催中のセラム(Serrum)も、グッドスクルの中のグループだったことを思い出しました。
そして最初に廣田緑さんのガイダンスがあるということで、2000年代に廣田さんのジョグジャカルタからの文化通信「YOGYAKARTA TIMES」を楽しみにしていた、熱心な読者でしたから、5月の連休明けに始まる3か月間の全9回の講座の聴講の申し込みをするのにも迷いはありませんでした。
そして毎年楽しみにしていた、アジアフォーカス福岡国際映画祭が今年はもう開催されないということで、福岡県生まれの私にとってはちょっと寂しく思っていたところでもありました。
この原稿を書いている最中(11/7)に、「インドネシアのコレクティヴ活動から「コミュニティ」をアンラーンする!Gudskulの相互扶助的な文化エコシステムのつくり方を知る」というオンライン・イベント(11/16)の情報を得ました。もちろん参加申し込みをしました。
私とコレクティヴ
これまで私の生活に身近なコレクティヴは、毎週生協の配達をしてくれているワーカーズ・コレクティヴで1984年からお世話になっています。
講座に登場する8つのコレクティヴ以外に知っているのは、「ドクメンタ15」のディレクターに就任したルアンルパ(ruangrupa)。国際交流基金の招きで来日した、同メンバーの発表には欠かさず参加してきました。国際シンポジウム「エキシビション・メイキング:文脈を繋ぐ、作る、届ける現代美術」(呼吸する地図たち/響きあうアジア2019)に登壇した、アデ・ダルマワン(ルアンルパ代表)の発表はとても興味深いものでした。そしてルアンルパ主催の絵葉書展覧会:White Shoes & The Couples Company Konser di Cikini (2015)のカタログ本は大事にしています。
2012年にジョグジャカルタで結成された、ライフパッチ(Lifepatch) が2016年に来日した時には、展示企画“アジアのメディア・コンシャス”Lifepatch「ルマ(家)とハラマン(庭)」、アーティスト・トーク、インタビュー「インドネシアのコミュニティ文化とシェアカルチャーの親和性」 、そしてワークショップではテンペ作りに参加しました。DIWO(Do It With Others =みんなでやろう)精神に触れることができました。
また2016年5月の連休中の逗子海岸映画祭(主催:Cinema Caravan)で「インドネシアデイ」を設営した、美術監督ウジ・ハハン・ハンドコ(Uji ‘Hahan’ Handoko)さんのエース・ハウス・コレクティヴ(Ace House Collective)、お楽しみ企画として、8月17日のインドネシアの独立記念日の人気種目(えびせん食い・ムカデ・ミノムシ競争)があり、若いカップルやこども達の参加で盛り上がっていました。そして夕暮れの逗子の海岸にインドネシアのプナカワン・富士山・夕日の3つが勢ぞろい、なかなかの見ものでした。ジャワ島の海岸が舞台の映画『シティ』(Siti)を逗子の海岸で暗くなるのを待って、砂をかぶりながら見たことは、後に来日したエディ監督に忘れずにお伝えしました。そして翌年参加した、バティックの絞り染めのワークショップ、インドネシア料理を提供したアート・コレクティヴのワットン・ハウス(Whaton House)の皆さん、特に大学教員の2人の魅力的な女性とお話をすることで、コレクティヴの姿をより身近に知ることができました。ワットン・ハウスは、ジョグジャカルタを拠点に活動しているアート・コレクティヴ。絵画、彫刻、インスタレーション、グラフィックアート、舞台芸術、映画、料理など多様性に溢れた若手アーティストたちで構成されています。
このジョグジャカルタの2つのコレクティヴの来日のきっかけは、「ドクメンタ15」に参加する、アーティストグループCINEMA CARAVANと、長年連携しているジョグジャカルタ在住の現代美術家・栗林隆さん。
「ドクメンタ15」でルアンルパが掲げるテーマは「No Art, Make Friends」と「Lumbung(ルンブン)」。 ルンブン=インドネシアの米倉とそれを管理する共同体を指す概念。地域を作り、共同で蓄え、分かちあうコミュニティ。日本の「タンカープロジェクト – プロローグ: ドクメンタ15への道」もキックオフ(11/19)、インドネシアのコレクティヴとの協働制作がいよいよ楽しみになってきました。
1998年末に設立されたタリン・パディ(Taring Padi)の展覧会には、「インドネシア-沖縄 連帯するポスター展」(2017、新宿のIrregular Rhythm Asylum)、そして「闇に刻む光 アジアの木版画運動1930s-2010s」(2019)は、アーツ前橋まで見に行きました。
前置きが長くなりましたが、インドネシア・ウォッチャー(広くて浅い)としては、実際にお会いしたことのある、来日したインドネシアのコレクティヴについては書いておかねばと思いました。
第1回の廣田緑さんのガイダンスがあって、今後の講座の基礎知識を身につけられて一歩前に進めたと思います。クンチの設立者の一人であるアンタリクサさんが提唱した「3つのN」はとてもおもしろかったです。ノンクロン(Nongkrong)は知っていましたが、ネベン(Nebeng)、ニャントリッ(Nyantrik)については知りませんでした。これまで、「サンガル(sanggar)」という単語は、単に「アトリエ、スタジオ、工房」という意味でしか使ってきませんでしたが、今回の説明で「私塾、画塾」という歴史的な意味を知ることができました。
第2回のクンチでは、当日チャット欄にも、「最後の方で、ライフパッチから2人が来たことで、裏庭で養鶏が始まったというお話がおもしろかったです」と書き込みましたが、他のコレクティヴとの交流がさらに新しい活動の始まりになっているのが、講座終了後も、Facebookや各地の新聞記事からいくつものケースを見ることができました。
第3回クワンサン・クンストクリング(Kwangsan Kunstkring)は、トークをなさった「アニタさんとアヨスさんの2人から成る、学際性をテーマに活動するコレクティヴ」とのことで、2人でもコレクティヴ!それだったら、私たちの 2002年設立の グループ・サンガル(Grup sanggar) も「インドネシア語研究、辞書の編集・出版、ブログ・メールマガジンを通じての情報発信」を掲げてやってきたので、コレクティヴの条件を満たしていると嬉しくなりました。今後の活動のテーマとして「ミツバチのように他家受粉を助ける存在になりたい」という言葉が印象的で、いつか使ってみたいです。
第4回のカタ・クルジャ(Katakerja)は、インドネシア語で「動詞」の意味。その名称と本講座のトーカー紹介の写真に、詩人で有名な、M. アアン・マンシュル(M.Aan Mansyur)さん(教育文化省最優秀詩集賞受賞10/29、カトゥリスティワ文学賞(詩集部門)11/9)が出ていたので、興味を持ってお話をお聞きしました。彼の新刊詩集3冊の予約注文のお知らせがFacebook(6/5)に出ていましたが、売り上げは、カタクルジャの運営資金に寄付するとありました。
この講座でもマカッサルのコレクティヴが2つ登場しますが、東インドネシアの文化の中心として、近年の活動には目を見張るものがいくつもあり、注目しています。Indonesia Collective Map 2010 – 2020によると、南スラウェシだけで10のコレクティヴが掲載されています。ルマタ・アート・スペース(Rumata ArtSpace)主催のマカッサル国際作家フェスティバルは毎年日本から有名な作家が招待され年々広がりを見せています。これまでは断片的なニュースでしか、内容を知ることはできませんでしたが、今年はオンライン開催(6/23 – 26)ということで、柴田元幸さんと村田沙耶香さん登壇の「孤独と日本文学」シンポジウムの他、連日Zoomで参加できました。インドネシア語日本語のすばらしい通訳にも恵まれ、質疑応答も活発でした。
第8回ラコアット・クジャワス(Lakoat Kujawas)は、8つのコレクティヴの中で特に強烈な印象を受けました。果物のビワとジャンブーの名前を持つことからも、長崎育ちの私は親しみを感じました。日本の兵隊がビワをもたらしたそうです。1972年末にティモール島のクパン(Kupang)を訪れたことがあり、そこから車で3時間というモロ(Mollo)、その名の由来も「山から来た女」とか、 ますます興味は募りました。「1972年にクパンを訪れたことがある」とお伝えしたら、「もうすっかり変わっていますから、ビワの季節、2月から4月にぜひおいでください」と代表のディッキー・センダ(Dicky Senda)さん。7月の講座が終わってからも興味を持って追っかけをしていますが、実に様々な活動をなさっています。スハルト政権下で地方語が学校で教えられなくなり、その危機感が活動の原動力になっていることも知りました。ディッキーさんが今年のフォード財団グローバルフェローに選出された(10/22)ことももちろんブログに書きました。
「モロとパルからの話 一歩前へ」というウェビナー(9/12)で、ディッキーさんと中部スラウェシのパル(Palu)で図書館活動をしている、コレクティヴ、ネム・ブク(Nemu Buku)の代表ヌニ・ムヒディン(Neni Muhidin)さんのお話は、ジョグジャカルタとバンドンという大都市の大学で学んだ後、故郷にUターンして地域活性化の中心的な役割を果たすお二人の情熱が伝わってきました。ヌニさんは2018年のパルの地震後、「被災地に咲くはるかのひまわり」で、図書館の庭に咲くひまわりがNHKでも数回放送されました。
第9回ジャティワンギ・アート・ファクトリー(Jatiwangi art Factory)は、2015年開始の野村誠×淡路瓦(瓦の音楽で日イ交流)の相手でしたし、先日(10/18)はテレビで「瓦職人筋肉美でアピール」(@国際報道2021)が放送されるなど、西ジャワの瓦の町・ジャティワンギも日本人に知られてきています。
タリン・パディと共に、「ドクメンタ15」に招待されているインドネシアを代表する語り部である、アグス・ヌル・アマル(Agus Nur Amal, PM TOH)さんが、このジャティワンギの土文化博物館で「土の物語(Hikayat Tanah )」上演をライブ配信で見る機会(10/18)がありました。今年は「土の年」であることから、地域住民の生活の糧である「土」について小道具を使っての語りは、40分間ずっと目を離せないおもしろさでした。前座に楽しそうなお母さん方のコーラスがありましたが、代表のアリフさんのお母さんの「家に鍵をかけたことはなく、来る人は誰も拒まず、食事をふるまっていた」のが、活動の原点ということにその一片を見たような気がしました。
語り部のアグスさんは、2010年の国際交流基金主催のアチェの子どもたちと創る演劇ワークショップではアチェのコレクティヴ、ティカル・パンダン(Tikar Pandan)と参加され、日本での報告会にも来日したことも思い出しました。「ドクメンタ15」で使う予定の小道具、緑とピンクの柄杓6本の写真がFacebook(11/15)に出ていました。テーマは「一緒にマンディ(水浴び)しよう」とか、楽しみです。
全9回の講座を受けて、これまで以上にインドネシア各地のコレクティヴのことが気になり始めました。横のつながり、意外な組み合わせがどんどん目に飛び込んでくるようになりました。
11月9日には、「「コレクティヴ」ってなんですか?」というテーマで、東南アジアのアート拠点リサーチをし尽くした、アートセンターOngoingのディレクターである小川希さんの対話ライブをタイミング良く聞くことができました。国際交流基金アジアセンターのフェローシップで、2016年にインドネシアだけでも、ジャカルタ、バンドン、ジョグジャカルタ、スラバヤの26のコレクティヴの調査をなさったそうです。小川さんはウィーンからの参加でしたが、インドネシアのコレクティヴ同士の横のつながり、グダグダしていながらもいざという時にさっと動ける、プロジェクト的でない、システマティックではない良さなどについてお話になりました。
そして、この続きということで、11月16日開催の、「インドネシアのコレクティヴ活動から「コミュニティ」をアンラーンする!Gudskulの相互扶助的な文化エコシステムのつくり方を知る」というオンライン講座に臨みました。グッドスクルのエム・ジー・プリンゴトノ(MG Pringgotono)さんの発表は、1998年5月、学生たちがスハルト退任を求めて国会議事堂に集結する写真から始まる、ルアンルパの足跡を辿る2時間の講義でした。ここでも「ドクメンタ15」のテーマである「ルンブン(米倉)」がコレクティヴにとっていかに重要であるかを再確認できました。
この原稿を書くにあたり、コレクティヴについて過去に書いた自分のブログの記事を何回も検索しました。ファラー・ワルダニ(Farah Wardani, Indonesian Visual Art Archive)さんがインドネシアのコレクティヴのアーカイブの重要さについて書いていました。その成果がIndonesian Collective Map 2010 – 2020の出版で、PDFで公開されているのを今回参考にさせていただきました。
インドネシアのコレクティヴの日本での足跡だけでなく、各地のコレクティヴの知りうる限りの目覚ましい動きをこれからもできるだけブログに記していくことも自分の役目かなと改めて思いました。
このオンライン講座「コレクティヴと考える」全9回が、昨年夏のインドネシアの教育文化省主催の「インドネシアの文学作品のラジオドラマ全10回(7/8 – 9/9)」が、コロナ禍の沈んだ気分を解消してくれたのと同じような役割を果たしてくれたことを感謝しています。
(2021/11/17記)