2021年7月11日(日)13:30〜15:30
ラコアット・クジャワス(Lakoat Kujawas)
登壇者:ディッキー・センダ(Dicky Senda)
文:羽鳥悠樹(福岡県文化振興課学芸員)
第8回は、前回のスマトラ島からジャワ島を飛び越えて東へ3000km以上移動した、ティモール島東ヌサ・トゥンガラ州の小さな村モロで活動する、ラコアット・クジャワスです。
前回のコムニタス・グブアック・コピと同じように、ラコアット・クジャワスが活動するモロは、多くの日本人にとってあまり聞き馴染みがない、インドネシアの地方にある村です。今回はこの地域のことも含め、地方で活動するコレクティヴの現状を共有していただきました。
トーク
モロ―「山から来た女性」
トークはまず、ラコアット・クジャワスが活動する地域モロについてから始まります。モロは東ヌサ・トゥンガラ州で最も高い山であるムティス山の斜面にあり、自然豊かな地域です。モロの人々は、自分たちのことをアトイン・メト(Atoin Meto、ダワン語で乾いた土地の人間の意)と呼ぶそうです。これは、乾季が長いという地域の特徴から、自分たちを表現した言葉だそうですが、建築技術や食品保存技術などに見られるように、モロの文化は、こういった現実的な側面から形作られていると、ディッキーさんは語ります。
モロという地名は、「山から来た女性」を意味しているそうです。地域の人々は、そういった名前の意味もあってか、自然は人のからだのようなものだと信じているとのことです。森を髪の毛のように、水を流れる血のように、土を肌のように、そして岩を骨のように考えています。従って、自然を大切にするというのは、自分たちの体を大切にするということと同じだと考えていると述べます。地名などの言葉と、思想や活動が密接に結びついていることが、とても興味深く感じられます。
地方における文化保存のために
そんなモロで、ラコアット・クジャワスは2016年から活動を始めました。ラコアットとはビワ、クジャワスはグアバを意味します。ディッキーさんは、幼い時のことを振り返ると、この2つの果物を思い浮かべるそうです。そこから、故郷でより良い生活が送れるようにという意味を込めて、この名前にしたとのことでした。
ラコアット・クジャワスは、モロの文化の保存を活動の大きな指針にしています。ディッキーさんは、10年以上都市での生活を経験し、それからモロに戻った時に、地元の文化が衰退し、自分自身の文化的ルーツと生活の実態が離れてしまっていることを強く感じたそうです。さらにディッキーさんは、自分たちに関わる歴史的、文化的資料は、オランダ、あるいはインドネシアの都市部の研究機関にあり、モロの人たちは、自分たちのことなのに、そういった情報へアクセスすることが困難である、ということに気がつきました。
こうした問題意識から、地域の芸術や文化、歴史などを学ぶ場の必要性を感じ、同じ問題意識を共有する仲間たちと、ラコアット・クジャワスを設立しました。前回のグブアック・コピも、自分たちの文化保存ということが大きな柱になっていたと思います。インドネシアの地方では、今こうした自分たちの土地の文化や歴史を、自分たち自身で保存、発展、継承していく流れができていて、コレクティヴの存在が、そこに重要な役割を果たしているように思われます。
保存し、発信する
彼らはまずはじめに、地域に関する調査を行い、それらのアーカイヴ化に取り組みました。モロには口承文化があるため、テキストや視覚的資料があまり残っていませんでした。そのため、まずは様々なものの記録から始めたようです。そして、地域住民がその資料を利用できる図書館を作り、そこを活動のベースとしたそうです。
このアーカイヴ作業を積み重ねていくうちに、ディッキーさんはアーカイヴの別の可能性に気がついたと言います。それは、そのアーカイヴから、歴史的、文化的な語りを取り出して、エコ・ツアーや歴史ツアーなど、何かを学ぶことのできるプログラムを作ることでした。アーカイヴが誰かに利用されるのを待つのではなく、その作業の過程で明らかになったことを、様々な形態で発信していこうという試みです。さらに、発信する際に、一方向的ではなく、住民に参加してもらい、住民自身にその活動を担ってもらうことで、双方向、多方向的な流れが生み出されていることは、重要な点だと思います。
具体的な活動も、たくさん紹介してくれました。例えば、ヘリテッジ・トレイルというツアーでは、地域の歴史や文化に関連したことが学べるようになっています。フード・ラボというプログラムでは、地域の人々が昔から行ってきた食品加工技術を学ぶことができ、実際にラボで食品を発酵させたり、塩漬けにしたりと、彼らの祖先がどのように食文化を育んできたのかを、実践を通して学ぶことができるそうです。
年に1回、アーカイヴの展覧会も行っているそうです。調査、保存のみならず、その発信というところに力を入れているところは、やはりグブアック・コピとも共通性が見られますが、その発信の方法にはそれぞれの独自性が見られるのが面白いですね。
住民が育てるコレクティヴ
ここで、とても印象に残っている話があります。こうした活動は、最初は地域の子どもたちに向けて行っていたといいます。1年間活動を継続してみると、子どもたちが他人と積極的に交流するようになったり、自信を持って話すようになったりと、その成長が目に見えて分かるくらいの変化があったそうです。すると、ある日子どもたちの親がラコアット・クジャワスを訪ね、「どうしてこれは子どもしか参加できないのですか?」、「私たちも参加したいです」と言いにきたというのです。学ぶ側だった子どもたちが、いつの間にか影響を与える側になり、結果としてより大きなコミュニティの連帯に繋がったのです。
ディッキーさんはこの事例を通して、コレクティヴは住民から生まれ、住民間の相互扶助の精神で育っていくということを強調されました。
コロナ禍の影響
全世界を襲ったコロナ禍ですが、ラコアット・クジャワスは、あまり大きな影響は受けなかったとのことでした。それは、モロが山間部にあり、外部からのアクセスが比較的限られた場所であったことが幸いしたようです。活動自体も、常に住民自身が担ってきたことから、外部の人に頼らなくてはいけないということもなかったために、安全に活動を続けることができたそうです。
外部の人と一緒に活動することは難しくなってしまったものの、ディッキーさんはこの状況を好機と捉え、モロに関する調査や、アーカイヴ作業などを進めることに多くの時間を活用することができたようです。さらに、山間部にありながらインターネットの接続も安定しているようで、内部の活動の強化に努めながら、世界中で加速したオンライン化にも順応し、モロにいながら、様々なウェビナーなどに参加することも可能だったといいます。
現在は、これまでの活動が評価され、バーチャル・ツアーを行わないかという話も外部から来ているそうで、ラコアット・クジャワスはコロナ禍において、これまでの活動を継続しながら、新しいことにも挑戦しています。ヘリテッジ・トレイルに、日本からも参加できるようになる日も近いかもしれません。
文化は流動的である
最後に、ディッキーさんは、文化は静的なものではなく、発展し、変化していくものだと強調されました。彼らはある時、住民と共に地域の織物のモチーフの意味やそれにまつわる話を集めたそうです。その結果、個々のモチーフが大きな物語に繋がること知り、そこから自分達も新しいモチーフを作り出すことにしたというのです。
放っておいたら失われてしまっていたかもしれない土地の文化を保存するところから始めた活動でしたが、それが新しいものを生み出すことに繋がっていくというのは、非常に面白い点だと思います。
食材や、料理の裏のストーリーまでをもまとめた郷土料理のレシピ集の作成や、新たなクリエイティヴ・スペースの建設など、2021年もまだまだ進行中のプロジェクトが目白押しのラコアット・クジャワス。地方におけるコレクティヴが果たす役割は、想像以上に大きいようです。
アンケートより
・ティモール島の状況を初めて知ることができて大変興味深く聞きました。地域文化の保存・記録・アーカイブ化・継承活動などの現状を知り、またそれを創造的経済活動につなげていく共同組合活動も興味深かったです。
やはり多くの参加者にとって、ティモール島やモロについては、分からないことが多かったと思います。その分、インドネシアの新たな側面を見ていただけたと思いますし、そういった地方の村でも、これだけ面白い活動があるということが分かっていただけたのは、企画者としてとても嬉しいです。
・今回のトークでは、これまでと比べてもより社会活動的な側面を強く感じました。料理などを切り口とした文化の周知や保存、観光というよりもスタディーツアーのような活動は、日本ではアートというよりは例えば地域おこし協力隊が昨今行っているような活動とも親和性が高いと感じました。
そうですね。その「アート」と地域おこしの狭間のような領域が、今とても面白い展開を見せているのだと思います。全てを「アート」に引っくるめることはできないし、従来の地域おこしとも異なるような、そんな新しい領域で日々展開されるインドネシアのコレクティヴの活動は、引き続き追いかけていきたいです。
おわりに
第8回は、ティモール島の東ヌサ・トゥンガラ州モロから、ラコアット・クジャワスのディッキーさんをお迎えし、お話を伺いました。文化保存、発信、そして文化の創造までをも担う彼らの活動は、「アート」という言葉では捉えきれないものを感じます。
グブアック・コピも含め、地方で活躍する彼らは今年、インドネシアの各都市で開催されるビエンナーレなどにも参加しており、活動はどんどん勢いを増しています。インドネシアのアート界におけるコレクティヴの位置付けも、興味深い視点の1つになりそうですね。
ディッキーさん、本日は貴重なお話をどうもありがとうございました。


- 開催場所
- オンライン開催(Zoomを使用)
- 登壇者
- ディッキー・センダ(Dicky Senda)