2021年6月6日(日)13:30〜15:30
カタクルジャ(Katakerja)
登壇者:アルキル・アキス(Arkil Akis)
文:羽鳥悠樹(福岡県文化振興課学芸員)
遂に本企画はジャワ島を発ち、スラバヤの北東に位置するスラウェシ島、南スラウェシ州の州都マカッサルにやってきました。3つ目のコレクティヴはカタクルジャです。
本企画で取り上げる多くのコレクティヴとは異なり、カタクルジャの基本的な活動形態は図書館です。インドネシアを取り巻くリテラシーの問題にコミットすべく、2014年から活動しています。
トーク
ミッション
トークは、彼らのミッションの話から始まりました。そもそも、なぜ図書館なのか。そこには、インドネシアで頻繁に議論される、リテラシーの問題がありました。そこでは、識字率の低さがよく話題に上がるそうですが、カタクルジャはこれを読み書きの問題のみに集約してはならないと言います。彼らは、リテラシーとは、本に関することだけではなく、音楽や映画、デジタルな分野にも関係するものだと考えているそうで、このことが、カタクルジャの活動を、単なる図書館運営に終わらせない重要な要素の一つになっています。
読書に対する意識の調査でも、インドネシアは比較的下位に位置しており、これについてカタクルジャは、問題は人々が読書に興味がないのではなく、本が身近にないなど、読書の環境が整っていないことだと強調します。
そこには、既存の公的な図書館に対する不満もあったようです。アルキルさんによれば、公の図書館は、本を読み、借りて、帰ることしかできず、あまりおもしろいと思われる場所になっていないとのことです。開館時間もオフィス・アワーと重なっているため、仕事が終わってから図書館に行くことはできません。こうした課題を乗り越えるために、カタクルジャはくつろげる雰囲気を意識しながら、開館時間も夜10時までにし、本に関わることにとどまらない多様な活動を行っていく公共の場を創出しています。大学への不満から、街へ飛び出して活動を始めたクンチなどと共通する部分がありますね。
カタクルジャ概要
カタクルジャの図書館は、2つのフロアで構成されています。1階は閲覧室、2階は誰でも使える教室で、ミーティングやワークショップを無料で開催できるようになっています。後述するように、この誰でも使える教室が、目的によって色々な場へと変化し、カタクルジャの活動を独特なものに、そしてマカッサルという大都市における重要な場にしているように思われます。
22人の図書館員が、企画、メディア、会計、ショップといったそれぞれの部門に分かれて活動しています。蔵書は文学、哲学、宗教から、社会文化に至る幅広いジャンルから現在2426冊あり、カタクルジャを利用するメンバーは、452人を数えています。
カタクルジャの図書館を利用するメンバーになる方法は、とてもユニークです。それは、読む価値があると思われる本を2冊寄付する、というもの。こうすることで、自然と蔵書を増やすことができ、またこの図書館を自分ごととして認識してもらうという狙いがあると言います。確かに、自分が寄贈した本がそこにあるというだけで、その図書館と自分との距離が一気に縮まるような気がしますね。さらにアルキルさんは、人々の所有欲にも言及し、本を個人で所有、占有する気持ちをなくし、いろいろな人が本にアクセスできる環境を作りたいと述べます。
コミュニティ・ライブラリー
こうした公共の場を育んできたアルキルさんには、強い信念がありました。それは、図書館の機能は本に限定されるべきではない、ということです。図書館のメインは人で、本は飽くまで道具に過ぎないのだと述べます。本は誰でも買って、家でくつろいで読むことができますが、図書館は、オフラインのソーシャル・メディアになりうる存在で、そこでアイディアや意見を交換し、何かを一緒に行うきっかけとなる場となるのだと、話してくれました。
本を読む、調べ物をする、そのために図書館では静かにする。こういったことが常識とされてきた日本では、なかなかこういった発想は生まれてこないのではないでしょうか。その辺りはさすがコレクティヴ、常に人と人との関係性を中心に考えているのですね。
こうしたコミュニティ・ライブラリーのコンセプトに基づいた面白い試みがもう一つあります。カタクルジャでは、蔵書を意図的に分野などを区別せずにバラバラに配架しているというのです。これによって、来館者は本を見つけるために図書館員に話しかけなければならず、コミュニケーションが生まれる機会が創出されるのです。近代化とともに、合理的な考え方が良いものとされてきたなかで、私たちが失ってきてしまったものに、カタクルジャは目を向けています。築き上げてきた便利さを一度破壊して、人々の交流を取り戻そうとする、極めて重要な試み、考え方だと思います。
連合組織イニナワ・コミュニティ
カタクルジャは、2018年からは、マカッサルで活動する連合組織イニナワ・コミュニティの一つの組織として活動しています。イニナワには5つの団体が加盟しており、特に農村部の生活に関する学びを支える活動を中心に行っています。
農村部の住民支援や、農村部の生活などについて学びたい若者のための教育機関、農家の学校パヨパヨ。研究書や社会文化に関する本を出版するイニナワ出版。都市コミュニティの支援事業や教育機関である、アクティヴ・ソサエティ・インスティテュート。有機種苗などに関する研究所兼図書館のタネテ・インスティテュート。これらの組織が連合を作っており、カタクルジャは、イニナワ・コミュニティと連携しながら、その窓口的な役割を担っていると言います。
こうした組織同士の連携が、個別に行うには困難なアイディアを実現させているのでしょう。彼らが大都市マカッサルで活動している、というのもとても重要なことだと思います。アルキルさんは、都市部では、人と人の関わりが薄れており、カタクルジャは、都市部の生活の中で失われつつあるものを取り戻す役割を担っていると語ってくれました。
図書館という機能にとどまらない多様な活動
カタクルジャの定期的な活動には、ライティングやリーディング、そして分析をする各種講座があり、その他にも、バンドのライブや映画の上映を行っているようです。ライブや上映会などの後には、必ずディスカッション・イベントも併せて行っているということです。まず単純に、図書館という場所が、時には教室に、時にはライブハウスに、また時には映画館に変化し、空間を柔軟に利用していることが分かります。
毎回必ずディスカッションを行っているという点も非常に興味深いですが、ここには上述したような、図書館をソーシャル・メディアの空間として見るという考え方が強く反映されていました。アルキルさんによれば、ディスカッションをして作品についての理解を深めることよりも、そのディスカッションを通して、人と人が関わることが大切なのだということでした。コミュニティ・ライブラリーは、人と人との交流の場があることが特徴であるとアルキルさんは強調します。
コロナ禍による変化
カタクルジャが重要視してきた人と人との関わりは、コロナ禍によって大きく制限されてしまいます。まずは運営方法を変更し、本を借りる前に連絡をして取りに来てもらうようにしたり、場合によっては、届けにいくこともあると言います。
その他、実質的にカタクルジャの活動はほとんどがオンラインになったとのことです。講座やディスカッション企画など、オンラインで継続する方法を模索していくなかで、最も力を入れたことが、ソーシャル・メディアを用いて交流を図ることだったと言います。この方針は、コロナ禍で色々なことが制限された当初から、メンバーのなかで合意が形成されたとのことで、カタクルジャ全体として、交流ということへの強い意識が伺えます。
また、活動はオンラインにだけでなく、屋外にも移行したものがあります。オープン・ポーエトリー(Buka Puisi)というイベントは、断食月の間、断食が明ける日没に一緒に詩を朗読するというものです。従来は、カタクルジャの図書館で行っていたものを、コロナ禍に見舞われたことで、屋外でこれを開催することにしたのです。同時に、街のショッピング・モールはコロナ禍によって客足が遠のいたこともあり、カタクルジャはこのショッピング・モールと共同し、ショッピング・モールの敷地でこのオープン・ポーエトリーを行いました。カタクルジャとしても、新しい層の人々に活動を知ってもらうチャンスとなり、コロナ禍というマイナスの状況から、新たなプラスを生み出そうとする試みからは、学ぶべきことがたくさんあるように思われます。
最後にアルキルさんは、様々なものごとを繋ぐ架け橋である本を媒介に、対等な参加型の共同作業の場としてカタクルジャを機能させ、これからコミュニティ・ライブラリーが増えていくことを願い、トークを締めくくられました。
アンケートより
・本を媒介として人々が集うという形式は、私も考えていますので、とても参考になりました。
・人と人とが集まるから、文化が生まれるんですね。
・図書館を媒体としてコミュニティデザインは非常に興味深かったです。
このように、カタクルジャが理想とするコミュニティ・ライブラリーの在り方に共感された方がとてもたくさんいらっしゃいました。
・蔵書2冊寄贈のアイディアは、シンプルで斬新でした。これから常に頭に入れておこうと思います。
・「参加者が当事者意識をもち、かつ気兼ねなく対話できる」ような集まりを作るのは、案外難しいと思うのですが、今回の「本を2冊寄付することで参加できる」「会話を生むために、本を分類せずにばらばらに置く」という二つの仕掛けは単純だけれどもすごく効果的だと思いました。
この点は、自分も初めて知った時に、とても興味深く感じました。難しいことではなく、非常に単純なことで、これだけの効果を生み出せるのかと思うと、自分の身の回りのことについても色々再考する必要があるのかもしれません。そして、こういうアイディアはきっと、ノンクロンをしている時にふと思いつくものなのかもしれませんね。
・地域文化活動は在野の人々のボランタリーな活動だが、今日の話題が全体の中のどういう位置付けのものなのかは少しわかりにくかった。インドネシアにおいて文化政策がどのように行われているのか、政府、企業などの取り組みなどもわかると、理解が進むかもしれない。
貴重なご意見、ありがとうございます。今回はコレクティヴの活動、つまりオルタナティヴな活動に焦点を当てているのですが、前提となる政府による文化政策などについてはフォローができておらず、申し訳ございません。今後のコレクティヴの活動を考えていくための視点の一つとして、考えていきたいと思います。今回のトークの位置づけに関しては、全ての回が終わったあとに、改めて振り返りたいと思います。
おわりに
第4回は、スラウェシ島南スラウェシ州のマカッサルから、カタクルジャをお招きしました。図書館運営を活動の基礎としながら、そこで最も重視されているのは、人と人との関わりでした。コレクティヴとは、やはり人の集まりであり、それは何か目的を達成するために集まるというよりは、集まることによって人との関わりが生まれることが大切なのでしょう。少しずつ、インドネシアで活動するコレクティヴの輪郭のようなものが見えてきた気がします。
また、多くの活動がオンラインに移行するなか、その場所を外に移すということも、シンプルながら、コロナ禍における可能性の一つかもしれません。制限を上手く利用し、新しい価値を発見する。閉塞感のある世の中からも、ポジティヴな側面を見出すことができるということが分かると、少しばかり生きやすくなりますね。
アルキルさん、貴重なお話をどうもありがとうございました。


- 開催場所
- オンライン開催(Zoomを使用)
- 登壇者
- アルキル・アキス(Arkil Akis)