2021年5月30日(日)13:30〜15:30
クワンサン・クンストクリング(Kwangsan Kunstkring)
登壇者:アニタ・シルフィア(Anitha Silvia)、アヨス・プルウォアジ(Ayos Purwoaji)
文:羽鳥悠樹(福岡県文化振興課学芸員)
2つ目のコレクティヴは、前回のジョグジャカルタから東へおよそ300km、インドネシア第2の都市と言われる東ジャワ州の州都スラバヤで活動する、クワンサン・クンストクリング(以下、KK)です。
KKは、トークをしてくれたアニタさんとアヨスさんの2人から成る、学際性をテーマに活動するコレクティヴです。芸術や社会調査などが重なり合う領域で、主に都市部の地域の新しい知識や理解を生み出すことを根幹に、2015年から活動しています。
トーク
インドネシア第2の都市スラバヤ
スラバヤは、インドネシア第2の都市と言われ、マドゥラ島やスラウェシ島、バリ島などに近い重要な港湾都市です。アニタさんによれば、こうした地理的条件のために、スラバヤの人はとにかくビジネスに関心があり、経済活動が活発であるとのことです。
300万の人口を抱え、そこには数千のワルン・コピ(喫茶店のようなもの)や、180を超える市場があります。その一方で、美術大学は2つ、展覧会ができるギャラリーはおよそ6つだそうで、都市の規模としては横浜や大阪に匹敵するものの、アートを取り巻く環境の規模はあまり大きくないようです。ですが、スラバヤのアート・シーンはここ5年で成長を続け、特に若手作家が元気に活動しているとのことです。
KKは、こうした環境のなかで、スラバヤにおける芸術の発展に貢献するべく、2015年にその活動を始めました。
都市と芸術
KKの活動の中核にあるのが、展覧会です。2015年から、ほとんど1年に1回のペースで展覧会を開催してきており、特に若手の個展を積極的に開催しています。そこには、スラバヤの若手作家は少し受け身であり、そこに働きかけ、サポートしていきたいというお二人の思いがあるようです。
展覧会の他にも、ディスカッションやワークショップなどを行っており、2020年のディスカッション・イベントでは、美術関係のトピックだったにも拘らず、多くの人が来場したことから、どのようにしてスラバヤで活動をすすめていくべきか、文化的価値をどのように発展させていくべきかということの方向性が定まったようです。
地域とともに、手探りで進めていく、この「蛙の目線」が、コレクティヴの活動にとっては大事なことなのですね。こうした経験から、彼らは美術と都市問題が交わる場所というテーマで活動を進めていく決意をしたとのことでした。
コロナ禍での試み
さて、そんな彼らも、コロナ禍に見舞われ、活動の方法の再考を迫られました。彼らは早速、通常の展覧会の開催に加え、360°のカメラを使用してオンラインでも鑑賞することができる、ハイブリッドな形式での展覧会を開催しました。
まず単純に、こうしたことをすぐに実行に移し、実現させているという点に驚嘆します。そして、本展覧会における、6つの異なる都市に会場が点在し、それをオンラインで巡ることができるという仕組みは、コロナ以後の展覧会の方法論としても、多くの可能性を秘めており、とても興味深い実践です。
しかし、やはりそこには相当な困難もあったということでした。最新の技術を用いるために、各地で色々な人と契約を結び、それをまとめ上げていかなくてはならず、実務的な困難に加え、費用も通常開催の2倍に膨れ上がったといいます。スマートフォンではアクセスできないといった技術的な問題も浮上し、鑑賞のクオリティーはネット接続の状況に左右されるなど、多くの課題があったようです。
特に、オンラインの展覧会では、来館者の反応や、彼らとの関わり、そこから生まれるはずのものを感じることが難しいということが、大きな問題として浮上してきたとのこと。展覧会活動も相互コミュニケーションの場として強く認識している点は、さすがコレクティヴですね。
彼らは、友人たちとこうした課題について議論していくなかで、「ヴァーチャルの世界での相互作用は、新たなコレクティヴの感覚をもたらすことができるのか」、「ヴァーチャルな世界では、主催者側と参加者側の集合性、コレクティヴ性はどのようなかたちを取るのか」、このような問いが生まれてきたと言います。新たなコレクティヴの感覚。この言葉は、本企画全体を通した非常に重要なキーワードとなりそうです。
トーク中にディスカッション
トークではここで、少し参加者が考える時間を取り、「リアルはヴァーチャル・リアリティに取って代わるのか」というテーマで意見を募集することになりました。とてもたくさんの意見が飛び交い、トーク中に取り上げることができなかったものを、いくつかご紹介いたします。
・会えない代わりにzoomをつなぐ、zoomで何かしようという状況ができて、顔も名前も声も知らない状態でのコミュニケーションの契機が生まれているのかなと思います。これは同じ時間を共有している点で、SNS上のコミュニケーションとは少し違うような気もします。授業でオンラインWSの企画運営をしましたが、そこでは「全員ミュート」「カメラオフ」「匿名」という状態で、文字を通じてコミュニケーションする方法を考えました。とても独特な、他者との関わり方だった気がしています。
・パンデミックによって芸術活動が二極化した。オンラインに対応できたものもありニュースになることもあるが、高齢者を含む地域とのかかわりが深い小さな文化活動は中止が続き継続が難しい状況で本当に悲しい。また、それらがニュースになることはない。
個人の経験としては、自分が関わったzoomの企画では参加者が思いのほか近いと感じた。気を許せる仲間ばかりだと確認できると、対面の時よりも、より深く個人的なこと(身体的なことなど)を発言できると感じている。
・眼に見えないとされる波動からでも伝わるものから、観る・聴く・参加するなかで、これまでとは違う人間の感覚が生まれてくるのではないでしょうか。
・おそらく昨年から世界中で同じようにオンライン上の美術イベントが色々なレベルで開催されたと思います。そこでの経験や問題をお互いに共有していくことで、何か新しい可能性について見出していくことができるのではないでしょうか?
実際に会ってノンクロンすることが難しい今、オンラインでの活動に強制的に移行させられましたが、世界レベルでの経験の共有の可能性が見えたことは面白いと思いました。
・知識が0から1になるという意味では、オンラインでのトークイベントは大変ありがたい機会です。オンラインは言葉を介して繋がるのに向いた方法なのではないかと思っています。 かたや芸術作品の鑑賞をする媒体としては、まだまだ途上にあると感じています。コロナ下でも、自分の思う通りに視線を動かしながら芸術作品を見たいという欲求は変わっていません。芸術作品を映像作品にしたものが出てくれば、オンライン展示の可能性は、より開けると思います。 集合性については、それらを見た経験を、画面上に、たとえばチャット機能があったりして、他の鑑賞者の存在が感じられるようなものがあれば、(集合性を)持つことができるのではないでしょうか。相互のコミュニケーションを促す仕掛けがあればいいような気がします。オンライン展示と集合性の問題、相互コミュニケーションの問題はとても気になっています。
オフラインとオンラインの二項対立ではなく、新しい感覚を捉え、その可能性を想起させるような意見がたくさん挙がったことが、とても印象的でした。しかし、この時間のなかで、各意見を深めて考えていくことができなかったことは、主催者として大きな反省点となりました。
カンプンとともに
新型コロナウイルスの感染拡大は、当然ながら、日常的な生活に対して甚大な被害を与えています。スラバヤには、一部カンプン(kampung)と呼ばれる、都市部にありながら村のような性格を持っている、低所得者層の人々が住んでいる地域があります。彼らの戸籍情報などは十分に整備されておらず、この世界的な緊急事態に、社会保障を受けられないのです。きれいな水へのアクセスが難しくなり、経済活動も制限され、インターネットやデバイスの問題で、オンライン授業を受けられない子どもたちもたくさんいるとのことでした。
そこでKKは、ドゥパック・マシギット・プロジェクト(Dupak Masigit Project)というプロジェクトを開始し、住民たちと一緒に、ここの住民のコレクティヴ性について考え、アーティストたちと協力し、住民がリソースや知識を共有し合うことができるような活動を展開していこうとしています。まさに、都市が抱える問題とアートの交わる場所での活動で、KKの本領が発揮されるプロジェクトと言えます。こちらは今後も動向を追っていきたいですね。
最後に、彼らは今後の活動のテーマとして「ミツバチになりたい」ということを挙げました。ミツバチのように他家受粉を助ける、つまり、学際的な活動を通じて、芸術家や歴史家、建築家がパフォーマンス・アーティストと、政治や科学的データ、サウンドアーティストが、ある展示室で出会う。そんな他家受粉を行える存在になりたい、ということでした。
コレクティヴの持つ、色々な人が集まることによって新しい展開を生んでいくダイナミズムに、期待が集まります。
アンケートより
・私もジョグジャ、ジャカルタ、バンドゥンにはそれぞれ何度か訪問しましたが、確かにスラバヤは訪問しておらず、日本も同じですが、首都圏や大都市以外の動向は注目されにくいのですが、きちんと今後はネットワークとれるとよいと思いました。
ありがとうございます。この点は、今回のキュレーションにおいて、とても重視した点でした。特にインドネシアの美術は、ジャカルタ、ジョグジャカルタ、バンドン以外の情報はほとんど出てきません。本企画が、日本人のインドネシア観を少しでも拡げることができていたら嬉しいです。
・発表のパワポもすっきりと可愛らしくデザインされており、クワンサン・クンストクリングの雰囲気が伝わってきました。アーティストを社会につなげて集うという活動と、庶民の暮らしに目を向けるという活動がシームレスに繋がっているのがとても興味深いです。こういったこと日本でやってみたいです。九州には、一人で頑張っている小さな出版社とか多いような気がします。そういう土地柄にある九州芸文館のみなさんが、日本の都市にコレクティヴ活動の流れをつくる回路になればと思います。
まさにその第一歩が、コレクティヴちっごの活動です。この活動を通して、日本、あるいは芸文館がある筑後地域にフィットするコレクティヴの方法論の一部が見えたらと考えています。コレクティヴちっごの報告も楽しみにしていてください。
・「パンデミック以降の〜」と現在の困難の話題へ絞るには、私たちがプレゼンターの基本的情報を知らなすぎるので、両方を一挙に消化するのは短時間ではなかなか厳しいですね。
・簡単な質問であればチャット欄への質問は機能するが、長い質問や感想は書きにくいため、最後に時間があれば直接トークする機会があるとなお良いのではないかと思った。AnithaさんとAyoさんをブレイクスルールームに分けて直接ディスカッションする企画も面白いのではないかと思った。
重要なご指摘、ありがとうございます。これらは企画者にとって、とても大きな反省点となりました。特に、トーカーと参加者の繋がりをどのようにより密接なものにするのかということは、今後のオンライン企画にとって非常に重要な点だと思います。引き続き考えていきたいと思います。
おわりに
今回は、ジャワ島東端、インドネシア第2の都市スラバヤからクワンサン・クンストクリングのお二人をお迎えしました。領域横断的な活動は、やはりコレクティヴの魅力であり、大きな可能性となっていることがよく分かりました。今回は、都市社会の問題と芸術が交差する場所が強く意識されていましたが、ここには、芸術は生きることに大きく関わっているというクンチの思想との繋がりが見えます。
もう1点重要だったことは、「新たなコレクティヴの感覚」です。オンラインかオフラインかという二項対立や、安直な折衷案に陥るのではなく、新しい価値観を探り出そうとする態度こそが今求められていることなのでしょう。このキーワードは、本企画全体を貫き、これから私たちが考えていかなくてはならないことだと思います。
アニタさん、アヨスさん、貴重なお話をどうもありがとうございました。


- 開催場所
- オンライン開催(Zoomを使用)
- 登壇者
- アニタ・シルフィア(Anitha Silvia)、アヨス・プルウォアジ(Ayos Purwoaji)