2021年7月11日(日)
文:青栁隆之介(福岡県文化振興課学芸員)
第8回のコレクティヴちっごでは、本企画に興味を持ってくださった筑後地域在住の二人の方に、ゲストとして参加していただきました。
一人は筑後市でいちご農園を営んでいる方です。福岡市からIターンで筑後市に移住し、農業に携わるようになったとのこと。移住から20年たった今でも「外から見る筑後」という視点はあまり変わらないといいます。地域の人々と交流する中で、筑後地域は豊かな食に恵まれた場所だと実感するようになり、そのことをもっと多くの人に知ってもらいたいという思いを持っているそうです。
そして、もう一人は筑後地域で生まれ育ち、地元で縫い物の制作や販売、手芸教室などを行っている方です。もともと趣味で手芸をしていたそうですが、織元が集中する地域で暮らすうちに地元の織物に魅せられるようになり、現在では久留米絣を素材に用いたハンドメイド雑貨を手掛けています。
今回は、地域に暮らす二人のお話も伺いながら、筑後への理解を深めていきたいと思います。
まず、前々回から話し合ってきた実践でのヴィジョンについて、参加者の一人から活動コンセプトの提案がありました。
コンセプトのテーマは「汽水域」です。汽水域とは、河口付近で淡水と海水が混ざり合う場所のことで、筑後川にも存在し独特の生態系が育まれているといいます。これまでのノンクロンでは、地元の人と外部の人、あるいは専門分野が違う人々をつないでいくという方向性で話し合いが進んできましたが、異なるバックグラウンドを持つ人々が出会う場所としてコレクティヴちっごを汽水域に例え、コンセプトとして掲げています。また、第5回で各参加者が発表したドリーム・プランの内容についても、インタビューやSNSでの発信といった「つくること」、そして本の譲渡会やマルシェなどの「かかわること」の二つに大別することができ、この二つのキーワードを活動のサブテーマにしたいと続けます。そして、今後は活動のドキュメンテーションを実践の中心に据え、メンバーが活動を通して感じたことや、やりとりしたことを日記のように記録しながら、コンテンツの充実を図っていきたいという全体の構想を説明してくださいました。
ほかの参加者も、前回まで用いていた「よそ者」という言葉だけでは地元に関する領域がカバーできず、しかし代わりとなる言葉も思いつかないまま悩んでいたそうです。今回提案された「汽水域」は、自分たちの方針の特徴をよく表現できていると賛同の声が多数上がり、活動コンセプトとして採用されることになりました。今後は、「汽水域」「つくること」「かかわること」というキーワードをもとに、実践の具体案を出していきたいと思います。
さて、ここからはゲストで来ていただいた二人にもお話を聞いてみましょう。まず、地元の特産品について、地域の内と外での扱われ方の違いというものがテーマになりました。最初に伺ったのは、福岡のいちごのブランド品種である「あまおう」です。高級品種としてのイメージもありますが、筑後地域の中ではどのような存在なのでしょうか。実際に「あまおう」を栽培しているゲストの方によると、筑後地域には生産者がたくさんいて、近隣住民もお裾分けとして手に入ることもあり、口にする機会は多いといいます。したがって、筑後では生産者も消費者も「あまおう」が特別なものという意識はないそうですが、他方インターネットなどをチェックすると高額な価格設定に驚いているとのこと。県外のカフェやホテルがSNSを通じて「あまおう」の使用をアピールしているのを見ると、筑後の内外ではすいぶんと温度差があるように感じているそうです。
久留米絣についても状況は似ており、地元の人にとっては身近な素材であるようです。一方で、来店客には久留米絣を貴重なものとして捉えている方も多く、そのことが商品の価格にも反映されており、販売のターゲットは自ずと地域の外に向かっていくとのことでした。
では、こうした地域資源を、コレクティヴちっごの活動に生かすことは可能なのでしょうか。ある参加者は、「食」という普遍的なテーマであれば、地域の壁を超えた交流も可能ではないかと話し、果物はジャムなどに加工をすれば保存も効くので、場所を選ばない活動が展開できそうだと続けました。ちなみに、今回のオンライン・トークでは、ティモール島のモロを拠点に活動するラコアット・クジャワス(Lakoat Kujawas)が登壇し、その中では地元産の食品の消費を促すとともに、その食品にまつわる文化や歴史的背景も併せて学んでいくというプロジェクトが紹介され、参加者の印象にも残ったようでした。彼らが「お皿の裏側」と表現する、地域の食に関係する様々な知を収集していくことは、コレクティヴちっごの活動としても十分に可能性がありそうです。その後も、商品としての基準を満たさない果実を活動に利用できないかなど、メンバーはアイディアを出し合いました。実際に、ゲストの方の農園では、ジャムやワインに加工するなど、食品ロスを抑えるための様々な工夫を行っているという話も聞くことができました。
久留米絣に関係するトピックとして、第6回にも登場した、筑後や近隣地域の手仕事による商品を扱うアンテナショップ「うなぎの寝床」が再び話題に上りました。ここでもやはり、久留米絣を素材に用いた「現代風MONPE」が取り上げられ、1万円を超える価格設定にも関わらず、買い手がつくというマーケティング手法が注目されました。話し合いの中では、先のいちごと同じように、安く手に入る久留米絣を探して活動に利用したいという声も上がっていましたが、ノンクロンを続けていくと農業とは異なる久留米絣業界の考え方というものも見えてきました。ゲストの方のお話によると、現在は久留米絣のブランド価値を高めていこうという機運が業界全体にあり、価格の安い絣にフォーカスすることは、織元の意向にも反するということでした。そうした意味でも、生産者にとって「うなぎの寝床」の存在は久留米絣の価値向上の大きな助けになっているといいます。地域資源を活動に利用するにあたっては、生産者への配慮も忘れないようにしたいところですね。
これまでのオンライン・トークでは、コレクティヴが学びの場としての機能も有していることが分かってきましたが、インドネシアでは公的な教育機関も存在する中においても、コレクティヴ文化が盛んであることが興味深いという参加者の声がありました。その方は、仮に自分が地元でそのような場を設けようと思っても、需要は少ないだろうし、物珍しいという扱いをされてしまうだろうといいます。そして、このコレクティヴちっごが、学校を出て企業に就職するだけではない、様々な生き方の可能性が感じられる活動になれば、と続けました。手芸を生業とするゲストの方も、以前から縫うことを仕事にしたいと思っていて、現在では企業から依頼を受けて制作をすることも出てきたといいます。参加者の一人は、自粛の続くコロナ禍では手芸のニーズが高まっているように感じられ、ワークショップなどを開催できればおもしろいと話します。実際にお店でも、小学生の子どもに体験させてみたいとか、自分の服を作ってみたいというお客さんもいて、ワークショップを開いているそうです。こうした話が自然に出てくる様子からは、単に商品を売るだけではない、人々の交流が生まれる場所は地域の至る所にあるのだろうと想像できます。
第8回はここで終了の時間を迎えました。今回はゲストを迎えての開催となり、貴重なお話を伺うことができました。「汽水域」というコンセプトも定まり、ドキュメンテーションを中心に活動を進めていくということで、今後はこうした交流の集積を記録していくこと自体が、コレクティヴちっごの実践となっていきそうです。次回はいよいよ当初のプログラムとして予定されていた最終回です。残り1回のノンクロンだけでは、これまでのアイディアをまとめることは難しそうですので、今後の進め方についても、皆さんの意見を踏まえて決定していければと思います。
- 開催場所
- 九州芸文館