2021年6月27日(日)13:30〜15:30
グッドスクル(Gudskul)
登壇者:アンガ・ウィジャヤ(Angga Wijaya)、グスティ・エンダ(Gusti Enda)
文:羽鳥悠樹(福岡県文化振興課学芸員)
第4回、第5回とスラウェシ島マカッサルの様子を見てきましたが、第6回は一度ジャワ島へ戻り、インドネシアの首都ジャカルタで活動する巨大なコレクティヴ、グッドスクルのお話を伺っていきます。
グッドスクルは、前回のシクと同様に、グラフィス・フル・ハラ、セルム、ルアンルパの3つのコレクティヴが共同で運営している複合的なコレクティヴです。近年日本の雑誌やインターネット・メディアでも特集されるなど、日本でも高い注目を集めています。2022年にドイツのカッセルで開催されるドクメンタ15の芸術監督に、グッドスクルの一翼を担うコレクティヴ、ルアンルパが就任したことも大きな理由の一つでしょう。今回は、そうした国際的な華々しい活躍の一方で、彼らが大都市ジャカルタに確かに根を張って行ってきた活動、そしてコロナ禍において直面した課題に、どのように立ち向かっているのかということに焦点を当て、トークをしてもらいました。
今回も2人の登壇者にお話ししていただきました。アンガさんは、セルムという教育を活動の柱にしているコレクティヴのメンバーです。グッドスクルには、次代の芸術文化を担う人材を育成する1年間のレギュラー・コースが用意されています。コレクティヴの運営やキュレーションから、パフォーマンスなど表現活動に至るまで、様々な科目で構成されており、アンガさんはコレクティヴの戦略についてのクラスを担当しています。エンダさんは、そのレギュラー・コースの一期生で、コースを修了し、その後はグッドスクルのメンバーとして、種々の活動に関わるようになりました。今回、新旧両世代のお話を伺ったことで、グッドスクルの活動がより立体的に伝わったのではないでしょうか。
トーク
グッドスクルの成り立ち
グッドスクルは、上述の通り、3つのコレクティヴが共同で運営しています。グラフィス・フル・ハラ、セルム、ルアンルパは、それぞれがジャカルタで拠点を持って活動していましたが、賃料が高いといった問題や、何か共同でプロジェクトを行う時に、お互いの拠点が遠いという問題を抱えていました。その解決のために、彼らは同じ場所を借りて利用しようということになり、2015年から、ある大きな倉庫を借りて共同利用を始めたことがグッドスクル設立のきっかけとなったそうです。このように、活動の持続可能性を保つために、その時、その状況に合わせて実践形態を柔軟に変えていくというのは、コレクティヴの大きな特徴と言えると思います。
2018年には、彼らはそれまで培ってきたものを継承していく必要性を感じ、グッドスクル・ストゥディ・コレクティフというプログラムを構築しました。コレクティヴによる、コレクティヴを学ぶ教育機関は、非常に画期的な試みですね。また、これは3つのコレクティヴが共同することによって始めて可能になったということは強調しておく必要があると思います。個人の集まりが集団を作るだけでなく、集団同士が集まり、より大きな推進力を生み出しているのですね。
グッドスクル・ストゥディ・コレクティフ
ここでエンダさんが、1期生としてこのコースに参加された経験を共有してくれました。科目は「コレクティヴ文化の言説」、「コレクティヴの戦略」などコレクティヴの活動に関することから、アートの実践についても学べるようなものがあるそうです。
一例では、まずアイディアやコンセプトについて学び、そこから出てきたものをどのように発展させれば良いのかということを、クラスの中で「コレクティヴ的」に考え、発展させていくそうです。その後、それを実際に行うとどのようになるのかということをプレゼンしていくと言います。座学だけではなく、常に現実に即した、実践的な学びがそこでは展開されているようです。
他にも、グッドスクルのネットワークを利用し、他の都市のコレクティヴの活動に参加したりと、コレクティヴ活動について総合的に学ぶことができるプログラムになっているようです。ここまで実践的にコレクティヴの活動を体験しながら学べる場所というのは、世界中探してもなかなか見つからないのではないでしょうか。
コロナ禍において
1期生も無事修了し、幸先の良いスタートを切ったグッドスクルでしたが、そこへ新型コロナウイルスのパンデミックが襲ってくることになりました。
この状況に対する彼らの行動の変化は、非常に迅速かつスムーズになされました。それまでは、ミーティングやワークショップ、コンサートなどを行っていた講堂と呼ばれる大きな部屋で、自分たちの持ちうるもの、それは物質的なものはもちろん、知識や技術なども用いて、すぐに医療従事者へ供給するフェイスガードや防護服の制作に取り掛かったそうです。アンガさんはここで、コンサートを行っていた講堂が防護服の製作場になったという空間の柔軟性を強調していましたが、これはマインドの面でも非常に柔軟な対応が要求されることだと思います。彼らの活動は、形態が何であれ、それは常に生きることに繋がっているということが、よく分かると思います。これまでこのトークで紹介してきたコレクティヴも同様に、芸術が芸術の世界にのみ隔離されているのではなく、それが常に現実の生活と結びつき、共に生きていく活力となるような活動を行ってきていましたね。コレクティヴの活動の根幹には、こういったことが強く存在しているようです。
さて、フェイスシールドなどを制作した後、彼らはそこで大量に発生したゴミを目の前にして、「自分たちの生活が、環境に同調したものでないといけない」という思いを強くしたと言います。そこで、グッドスクルのメンバーの1人であるハスルルが、廃棄プラスチックを使って製品を作ることを考案しました。グッドスクルでは、コロナ禍になる前から、展覧会などで使用されたバナーなどを利用してバッグを作るといった、アップサイクルを行っていたメンバーもいて、それまでの活動ともリンクさせながら、自分たちの思いを具現化していきました。これらは経済活動とも繋がり、コレクティヴとしての持続可能性を保つ重要な要素の1つとなっています。こうした戦略的な面には、長年首都ジャカルタで生き残ってきた彼らの豊富な経験が活かされているのでしょう。
他にも、ロックダウンのためにあまり使われなくなったグッドスクルの土地を利用した小さな農業活動や、そこから展開したプロジェクトなど、様々な活動を紹介していただきました。コロナ禍で特に重要だと感じたことは、こうしたことを団結感を持って行っていくことだと、アンガさんは語ります。ソーシャル・ディスタンスを保ちながらも、人と共同していくことで、次の活動へのモチベーションに繋がる後押しになるのだと強調されました。
オンラインの利用
グッドスクルでも、もちろんノンクロンを重要視していましたが、コロナ禍で実際に集まることができなくなり、あらゆることがオンラインに移行したそうです。まず、1年間のレギュラー・コースもオンラインで行われるようになりました。また、彼らがカナダの人たちと共同で進めていたプロジェクトも、その実践形態の見直しを迫られたとのことです。そして、第3回のトークでも話題に挙がったコレクティヴのリサーチ・プロジェクトである「フィクサー」も[i]、調査をオンラインで進めていかなくてはならなくなりました。
ここで、非常に興味深いことがありました。カナダとのプロジェクトでは、元々は実際にカナダに行って対話を行うようなプロジェクトが想定されていたそうですが、国境をまたいだ移動が困難となり、それはワークブックを制作するという活動に取って代わられました。オンラインでコミュニケーションを図りながら、実体のあるものを共同で制作することになったのです。
「フィクサー」のリサーチも、元々は展覧会でその成果を公にする予定でしたが、最終的には本として発信していくことになりました。このように、オンラインを駆使しながらも、そこには本という実在するものを媒介させて、人と人の繋がりを確保しているのです。トークでは、これがどこまで意識的に行われていたかまでは言及されませんでしたが、単純にバーチャルな世界に移行していくのではなく、少なくとも潜在的なレベルで、ものの存在を強く信頼しているのだと、筆者には感じられました。
このように、コロナ禍においても常にその状況に柔軟に対応してきた彼らですが、まだ適切なかたちを探している途中だといいます。グッドスクルでは、特に実践というもの重視しており、本当はコレクティブの活動をするためには、皆が集う場があったり、作業をする場が必要です。それができない現状で、どのようにしたらよいのか、理想的な答えを今も探しているとのことでした。しかし、これまでの実践を共有してくれたことで、朧げながら、私たちが進むべき方向性というものが見えてきたような気がします。
アンケートより
・このジャカルタのKolektifはこれまでよりも、はるかに規模がでかい。3Dプリンターで医療従事者用のフェイスシールドを作ったりしている。コロナ禍ではNongkrong Onlineもやっていて、積極的にオンラインを進めている。その結果、参加者がジャワ島内だけでなく、他の島々からも増え、さらに台湾の団体とも協力関係をもっている。強調されているのはRuangという概念。複数の出会いの場があって、その結びつきがKolektifを成しているようだ。
確かに、彼らの活動の規模はインドネシアのコレクティヴでは随一だと思います。活動歴も、グラフィス・フル・ハラは10年弱、セルムは15年、ルアンルパは20年近くにも及び、その蓄積の上に、現在のグッドスクルの活動があります。そのruang(部屋・空間といった意味)という概念がオンラインを介して、インドネシア全域、さらには世界中に広がっていったことを思うと、今後の展開が非常に楽しみですね。
・3Dプリンターを用いてフェイスシールドを作成したり廃プラを再利用して卓球ラケットを作るなど、器用であり工夫がある点、また社会貢献や環境配慮などにもつながる点などがとても興味深かったです。オンラインで集まり議論する場を構築している点も今後の参考になりました。
コロナ禍をきっかけとして、社会貢献や環境問題への意識が強まり、その意識がすぐに行動として具現化されるところが、コレクティヴの強みであり魅力だと思います。この、意識から行動へのスピードも、恐らく個人ではそのようにはいかず、集団であることで、できることの範囲も広がり、一歩踏み出す勇気のようなものが共有されることで達成されているものなのではないでしょうか。
おわりに
第6回は、首都ジャカルタで活動する、今世界中の注目を集めるコレクティヴ、グッドスクルから、アンガさんとエンダさんにお話しを伺いました。コロナ禍においても、彼らは依然として活動的で、その時その状況に合わせて、柔軟に形態を変えながら活動を展開していました。オンラインを駆使しながらも、本という実在するものの制作を大事にしているという点は、人が人と繋がるのに必要な何かがそこにあるのかもしれないというヒントをもらった気がします。首都ジャカルタで長年培われた経験や知識が、グッドスクルでまた多くの人に共有されていく過程を聞くと、今後のインドネシアのコレクティヴの展開がますます気になりますね、
アンガさん、エンダさん、本日は貴重なお話をどうもありがとうございました。
[i] 2010年にルアンルパのアデ・ダルマワンによって、インドネシアのコレクティヴが包括的に紹介された展覧会「フィクサー」が開催されました(展覧会内ではコレクティヴという言葉はほとんど使用されず、オルタナティヴ・スペース(ruang alternatif)やアート・グループ(kelompok seni)という言葉が使用されています)。2020年には、それから10年、どのような変化があったのかということにフォーカスした「フィクサー」展の第2弾が展覧会として開催される予定だったのですが、コロナ禍によって断念され、リサーチ・プロジェクトとして、本を出版するというものになりました。


- 開催場所
- オンライン開催(Zoomを使用)
- 登壇者
- アンガ・ウィジャヤ(Angga Wijaya)、グスティ・エンダ(Gusti Enda)