2021年6月27日(日)
文:青栁隆之介(福岡県文化振興課学芸員)
ひと月以上続いた緊急事態宣言がようやく解除され、第6回のコレクティヴちっごは初回以来となる対面形式での開催となりました。これまでのオンラインから、直に顔を合わせるという環境への変化は、メンバー間のコミュニケーションにどのような影響をもたらしたのでしょうか。
まず、オンライン・トークの内容を振り返るところからノンクロンは始まりました。今回登壇したグッドスクル(Gudskul)は、インドネシア最大級の規模を誇る大所帯のコレクティヴです。財政管理の面でも戦略的に運営が行われており、美術で一般的にイメージされる作品の販売や展覧会の入場料のような収益モデルとはまた違った、グッドスクルの経済活動が印象に残ったという参加者も多くいました。廃プラスチックを再生して商品化するといった彼らの取り組みは、アートの枠組みを超えた企業的な活動だと感じたという声や、いわゆる参加型アートとも異なる、アートの手法を生活の中に応用する社会実験のように見えたという感想も出ていました。
グッドスクルが行う教育プログラムについても触れられました。オンライン・トークの中では、グッドスクルの教育を通じて「芸術や美術を学ぶ」という表現が出てこなかったことを参加者の一人が指摘します。それに呼応するように、アイディアを実践まで持っていくというプロセスはアート以外の分野でも十分応用ができるものだという意見もありました。ある方は、自身の大学生時代のことを振り返りながら、学生時代に一番よかったのは自由な時間が増えたことだったと話します。ただ知識やスキルを習得するだけではなく、それらを創造的に使う実践の機会というのは、カリキュラムの詰まった義務教育の現場などではなかなか得難いものです。それとは対照的に、学校という制度の外で行われるグッドスクルのプログラムは、実践を主体にした教育だと感じた参加者は多かったようです。
学びというテーマに関連して、ある参加者の方は、生涯学習を推進している「福岡テンジン大学」というNPO法人を紹介し、実際に授業に出席したときの様子を伝えてくれました。出席したのは対話の授業で、生徒は自分自身の将来に対する価値観や理想像を語り合い、聞き手はそれをレポートにまとめるというワークショップを行ったそうです。実際に顔を合わせての授業を心待ちにしていた生徒もいて、初対面でありながらも仕事の悩みを打ち明ける方がいるなど、オンラインだけではカバーできないコミュニケーションの需要を感じたそうです。そうした体験もあり、その方は「ただ集まってしゃべる」という企画でも、コロナ禍における実践として成立するのではないかと続けます。
インドネシアのコレクティヴが持つ機動力の高さにも目が向けられました。彼らの活動を支えているのは、アイディアが比較的短期間でプロジェクトとして動き始める組織としての身軽さです。プロジェクトの立ち上げというと、明確なゴールを設定し、どれほどの時間とお金が必要で、具体的にどのような効果が見込まれるかなど、徹底的な試算に基づいて行われるイメージですが、「まずはやってみる」というフットワークの軽さが、コレクティヴの格式張らない雰囲気にもつながっているのでしょう。
前回はメンバー各々がドリーム・プランを発表したところですが、今後の実践活動に向けての話し合いも行われました。
まずは、活動の規模についてです。筑後地域でアートスペースを運営する参加者は、日ごろから助成金に頼らずともできることはたくさんあると感じているそうで、コレクティヴちっごでも自分たちの身の丈に合ったことから始めることが重要だと強調します。
次に、何のために活動を行うのかというヴィジョンについての話し合いも行われました。そこで出た意見には、メンバー間で共通のヴィジョンを設定し、活動の過程でその輪を広げていくことが必要だというものがありました。では、活動の軸となりうる私たちの共通項には、どのようなものが考えられるでしょうか。話し合いの中では、生き方について考える場という提案がありました。ある参加者は、大学へ行き、企業に就職し、結婚をして家庭を築くことが幸せだと捉える社会の雰囲気の中では、生きていくことと、本当に自分がやりたいことを分けて考えざるをえなかったと自分自身のこれまでを振り返ります。そこでは、いかに生きるかを教わる場がなかったといい、それを聞いた別の方も、現代の若い世代が将来をどのように考えているのか話を聞いてみたいし、実際には様々な選択肢があることに気づいてもらいたいと共感する方もいました。今回の話し合いではヴィジョンの決定には至りませんでしたが、これまで個々人で考えていた実践活動が、徐々に集団としてのものになりつつあるのが感じられるやり取りです。今後の指針にもなる大切な議題ですので、次回以降もしっかりと意見交換をしていければと思います。
ここまでのノンクロンではたびたび、筑後地域の魅力的な文化資源の多くが、人目に触れる機会に恵まれず埋もれているといった声が上がっています。そうした文化資源を取り上げるにあたり、誰に対して発信していくのかについてのやり取りも行われました。ある参加者からは、筑後地域以外の人へのアピールが先決であり、地元の人へのアプローチは最後の段階になるだろうという興味深い意見がありました。そこで暮らす人々にとっては地域の文化資源は「あって当たり前」のもので、その価値に自発的に気づくのが難しいものでもあります。そこで、初めは外部の人に向けた発信を行い、その評判から間接的に地元の人にも筑後の魅力に気づいてもらおうという考えです。さらに、地域活性化の起爆剤になるのは「よそ者」の存在だという意見もありました。その具体例として、八女市にある「うなぎの寝床」が挙げられました。「うなぎの寝床」は、筑後や近隣地域の手仕事を紹介するアンテナショップとして2012年に創業しました。もともと作業着に過ぎなかったもんぺを、時代のニーズに合わせてアレンジした「現代風MONPE」は、全国に展開するほどの人気を博しています。実は「うなぎの寝床」の立ち上げメンバーは他県出身者で、外部から来た人々のアイディアが地域を動かしているという点では、私たちの活動の参考となりそうです。筆者は、筑後地域を拠点にした実践活動であるからには、受け取り手も自ずと地域住民になるのだろうと無意識に考えていたこともあり、「よそ者」こそ地域を動かす原動力になるというメンバーの発想には驚きがありました。確かに、過去のノンクロンでも、地元住民の視点と外部からやってきた人の視点のトピックになったことがありますが、今回はそれをさらに発展させたような考え方です。
最後に、佐賀大学芸術地域デザイン学科准教授の花田先生が、ノンクロン終盤に飛び入りで加わってくださったことも付け加えたいと思います。「よそ者」というキーワードから思いついた活動アイディアをシェアしてくださったり、アーティストと市民が一体となって行われたアートの事例などを紹介してくださったりしました。参加者はこれまで抱いていたアートのイメージを覆すような話の数々に、熱心に耳を傾けていました。
今回は久々の対面形式での開催となりましたが、これまでとは比較にならないほどに活発な意見交換が行われました。やはり、オンラインでの交流は、そのまま対面交流の代用品にはならないのだということが、実体験としても理解することができた回となりました。話し合いの内容についても、前回のドリーム・プランの発表を経て、これからの活動を「何のために」「誰に向けて」「どうやって」行うのかというものにシフトしつつあります。コレクティヴちっごのプログラムもいよいよ終盤に差し掛かります。活動の目的意識や具体的な方法について、じっくりと話し合いを続けていきたいと思います。
- 開催場所
- 九州芸文館